JAPAN珍聞

ジャパンちんぶん

村上春樹で読む古典落語 「寄合酒」編

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1

 


「ねえ、久しぶりにみんな集まったんだからビールでも飲まない?」と僕は言った。
「君の奢りかい?」と鼠は僕に言った。
「まさか」
「でも私お金なんて持ってないわ」と彼女は言った。
「僕も離婚して慰謝料は払ってないけど、結婚のせいで一文なしになっちゃった」と五反田君は言った。
「革命が起って、あんたも知ってのようにあたしも町を追われた。そして無一文で森の中で暮らすようになった」と言って小人はちらりと僕の顔を見た。
「ねえ、ちょっと待ってくれ。一体何処にお金があるんだ?俺もお金なんて持ってないぜ」と鼠は言った。
僕は少し考えた。

どれほどの時が流れたのだろう、と僕は思う。僕はただ一人、みんなでビールを飲みたいのに誰一人お金を持っていないことについて考え続けていた。

さて、これからどうすればいいのだろう。

沈黙。そして沈黙・・・・・・。

おそろしく静かだ。僕は空っぽになってしまったような気がした。
しばらく考えたあとで僕はひとつの事実に気が付いた。つまり、お金を使うんじゃなくてビールをそれぞれの自宅からこの場に持ってくればいいということに。

「ちなみに僕の家にはサミュエル・アダムズのサマー・エールが一本だけあるからそれを持ってくるよ」と僕は言った。
「僕の家にはビールなんか一本もないよ」と五反田君は言った。
「私だって家にビールなんてないわ」と彼女は言った。
「俺の家もビールはないけどなにか他の酒だったらあったような気がする」と鼠は言った。
「ねえ、アルコールを用意できない人は食べ物を用意するというのはどうだろう?例えばホール・ホイートのパンで作った、本物のホースラディッシュマスタードを使っているロースト・ビーフ・サンドウィッチとか」と僕は言った。
「むずかしい問題だ」と五反田君は言った。
「でもみんなで何かを持ち寄るしかないんだよ」
「ここを中心にして、ここからすべてが始まるし、ここですべてが終わるんだ」と僕は続けて言った。

 

 

 

2

 


「ずいぶん早いね」と鼠は言った。
「やあ、自宅にアルコールはあったのかい?」と僕は鼠に訊ねた。
「家にはバーボンしかなかったけれど、飲むかい?」
「もちろん」
「俺たち以外はまだ誰も来てないんだね」
「まあね」
十分ばかり鼠と談笑しているとそこへ小人と五反田君がやって来た。
「君は何を持ってきたんだい?」と僕は小人に訊ねた。
「魚屋の前を通ったら魚屋に誰も居なかったから鯛を黙って持ってきたよ」と小人は言った。
「黙って持ってくるのは別にいいんだけど」
「そう?」
「うん」
「どうしたんだい?」
「ところでこの鯛はどうやって食べるつもりなんだい?」
「新鮮だからね、お刺身なんかどう?」
「悪いけど」
「うん?」
「日本的リアリズムとは決別したんだ」
「それで?」
スターウォーズの秘密基地みたいな馬鹿げたハイテク・ホテルの十五階でジェリー・マリガンチェット・ベイカーといったミュージシャンが演奏するウェスト・コーストジャズが流れるこの空間に突然、鯛の刺身なんかが現れたら戸惑うだけだよ」と僕は言った。
「ふうん」と小人は力なく言った。


「ねえ、君は何を持ってきたの?」と僕は五反田君に訊ねた。
「僕は乾物を持ってきたよ」と五反田君は言った。
「乾物?」
「鰹節を2本さ。すぐそこの養鶏場に七十八という正確な数字のピンボール・マシーンが並んでいるんだけど、そこで乾物屋の倅がジャンピング・ウィズ・シンフォニィ・シッドを口笛で吹きながら3フリッパーのスペースシップで遊んでいたんだ」
「うん」
「僕もなんだかプレイしたくなってみてね。乾物屋の倅に声をかけてみたんだ」
「うん」
「坊や、おしさんも混ぜてくれないかってね。そしたら乾物屋の倅が鬼ごっこをプレイしたいから、おじさん鬼になってくれないかってそう言うんだ」
「そう」
「それでね、鬼をやる機会をこうして与えられたのだ、やれるだけのことはやってみたい、自分でもこれならと思える鬼を演じたい―そんな欲が自然と出てきてね。乾物屋の倅に鰹節を2本持ってくるように頼んだんだ。2本の鰹節を鬼のツノに見立てて本格的に鬼を演じようと思ってね」
「わかるよ」
「とにかく鰹節を2本持ってきてもらってね、乾物屋の倅が隠れている間にそのまま鰹節を2本持ってここへ来たってわけなんだ」
「でも鰹節なんて食べられないよ」
「ねえ、せっかくみんな集まったんだから鍋でもやらないか?鰹節は鍋の出汁に使えばいいんじゃないかな」と五反田君は言った。
「鯛と鰹節を使ったスープフォンデュか。悪くないね」と僕は言った。

 

それから彼女が僕たちの前に姿を現した。
「ねえ、うどんを持ってきたわ」と彼女は言った。
「何故?」
「だって・・・・・・、家にはうどんしかなかったから」
僕は溜息をついた。
やれやれ。

「悪いけどスープフォンデュにうどんは合わないんだ」
「そんなこと知らないわ」
「せめてスパゲティなら・・・・・・」
「けど、どちらも小麦粉でつくったものじゃない。うどんでもきっと合うわよ」
「イタリアの平野に育った黄金色の麦、デュラム・セモリナで作ったうどんなんて聞いたこともない。わかるかい?」
「わからないわ」と彼女は言った。
「鰹節を使ったフォンデュだって聞いたことないぜ」と鼠は言った。
「そうともこの材料で一体どうやってフォンデュを作るつもりなんだい?」と小人は訊ねた。
「うどんは使わないけどヨーロッパには魚を使ったフォンデュもあるんだ」と僕は言った。
「ねえ、寄せ鍋でいいんじゃないかな。〆にうどんも使えるし」と五反田君は言った。
「でも僕は現代アメリカ小説をお手本にしている以上、うどんを使うわけにはいかないんだ。ヴォネガットフィッツジェラルド、チャンドラーの小説にうどんなんか出てこないよ。そうだろ?」
そういうものだ。